2017年08月15日

ハヤイとは(速い vs. 早い)

今日、「速さ」に関するやり取りを見た。誰かが「これは速いとは言わんのではないか」とツッコみ、誰かが「いいや、これも速さなのさ」と返す。

フッ…。

いや、これはね、ふふっ。
馬鹿にしている…フフフ、訳ではなくてフフフ。
何かフフ、懐かしくてフハ…

ふざけるのはやめますと、何か小学生みたいな議論で、懐かしさ的な幸せな感情に襲われた訳です。
幸せな感情にボッコボコ。
…あれ?宗教団体かな?
宗教団体「幸せな感情」、的な。
…脱線はさておき、単純に愉快な議論でした。

議題も議題で、小学生の頃を思い出させます。
ツッコむ側は言います「速さって距離÷時間でしょ。だから、距離が短くなっていると時間が短くても速いとは言わないのでは」と。
小学生ならいけ好かねぇガキですよ。
こっちは、雰囲気を「速い」って言っているのに「君の言葉は正確性に欠けるね」と。

反論したい側は言います「速いってのは速度が大きいことだけじゃなく、単に『はやい』ことも言うから、速いでいいんです」と。
単にはやい…?単にはやい!!?

速いとは単にはやいことも指す、とか言われると、落ち込んでいたテンションが、限界を超えて上昇し、空を超え、宇宙に到達し、なおも上昇し、太陽系を離れ、上下が分からなくなっても、なおも突き進み、やがて時空を超える。
一瞬で。
僕のテンションは、今、宇宙一、速い。

…ちゃうで。時空超えたら、時間とか距離の概念ないから、速いとか速くないとか、議論できへんで。

……くそぅ。

再びの脱線はさておき、その後も何か面白いんです。

単にはやい場合に「速い」を使う例として、「返事が速い」ってのがあるだろ、という主張があったり。
これがね、ウェブで検索すると、意外と結論が見えない。
個人的には、「返事が速い」とか見ると、「ん?やたら早口なんかな?」とか思うけども、「早口」の「はやい」は「早い」だったりして、さらに愉快。

これを見ると「早口」ってのは、「(思ったよりも)言い終わるのが早い」って捉え方なんだなぁ、とか思う。
そんなことを考えると「返事が速い」ってのは「手を挙げるスピードか何かが速い」ってことか。
でも素直に捉えるなら、早い時間で返事が来たって意味で使っている気がする。
最早、「返事が速い」って表現は本当なのか、と問いたくなる。
最早ってのは、最も早く、ということか。
最も早く問いたくなるって何なんだ、とか言い出すと、さらに一段階、面倒くさくなる。

そういえば、メールなんかでは、はやく返事が来たら、「早速のご返事ありがとうございます」とか書くけど、「早い」んか「速い」んか。
「早い vs. 速い」論争をしている側を馬鹿にするかのような、熟語。
いや、これこそが、許しなのか。
そこら辺は、どちらでもいいんだよ、と。
白黒つかなければ、混ぜてグレイにしてしまえばいいんだよ、と。

…誰目線だ。

結論を付けないというか、僕は「返事が早い」だと思うけど、ネットをちら見するだけで結論出したい立場としては、適当にお茶を濁す方針。
あれ、このお茶、グレイだよ?

ただ、ネットをちら見すると、「早いか速いか」論争は意外とあって、愉快な議論が散見される。
最も良かったのは、次のページ。
「早い」と「速い」の違いとは?|役立つ・ためになる知っ得袋!

このページに曰く、
このように「早い」は、
「時間的な速度の事を表す」のが、
正しい使い方となります。


時間的な速度…?時間的な速度!!?

最速で、心に響く。
最早、そこでは、時間が意味をなさない。
僕と君の心の間には、距離があるようで、その実、重なっているのかもしれない。
そうか。ハヤさを議論することは、心を失うことなのか。
どれだけ速くとも、仏の手のひらを上からは出られないように。
どれだけ早くとも、おじいちゃんの方が朝が早いように。

…いや、そういうこっちゃない。
何となく、近い意味。いや、言葉が近いから、意味を近く感じるのか。
解説する人もその近い距離を行き来しながら、自分がどちらにいるのか分からなくなる。
一瞬で立ち位置が変わる。
速いのは自分か、早いのが言葉の意味か。
時間的な速度を超えて…

いや、「時間的な速度が大きいと早い」とか言い出す人は、解説諦めろ。

今回タイトルに「速い vs. 早い」と副題をつけたが、別にこいつら戦ってないよね。
戦っているのは誰か。
皆、一人相撲さ。
決着は、最速で、初めた瞬間、負けが決まるという…
あれ、ここは速いじゃなくて早いを使う熟語にすべきだったかな?
…うっせぇ、雰囲気だ。

賢明な読者諸氏は気付かれただろうが「初めた瞬間」じゃなくて「始めた瞬間」。
ここに新たなバトル「初める vs. 始める」が、今、始ま…らないですね。
大体、「初める」で「はじめる」と読ます機会ってあるんか。
予測変換から消しておけばいいのに。



posted by MoThy at 19:44 | Comment(0) | 言葉

2011年09月18日

唐揚げとは

言葉にはいろんな定義の程度がある。
言葉通りの定義もあれば、独自の解釈が含まれつつも心にすっぽり落ちてくるものもある。
「オレオレ定義」なんて言われたりする、狭い心から生まれるものもある。

「机とは」ってお題に対して「本を読んだり、文字を書いたりするための台」って答えだと、「まあ、そうかな」なんて思うけれど、
「知性を殴打する万華鏡」とか「地をはうイリーガル名刺交換」とか言われると、「ねえ、それって定義?」って言いたくなる。
そんな定義聞いたことないから、平和ですよね、いや、全く。

そう、たまの更新でも、このブログは支離滅裂。

ちなみに、このブログの立ち位置は、どこでもない。
たまには、上手に「○○とは、デザインの中に生まれる微分方程式の特異解」とかそんなことを言ってみたい。

「立ち位置がない」とは言いつつも、「良い定義だ」と感じる基準はあるようだ。
今回、たまらない定義を見つけた。「唐揚げ」の。
何がたまらないか、というと、それは僕の辞書には(辞書なんかじゃないけど)、決定的に欠けている要素なんだけど。

一言で言うと、「愛」

下記のリンクを見てほしい。
唐揚げとは|日本唐揚協会
唐揚げとは、食べると幸せになる食べ物です。


注意すべき点は「唐揚げは、食べると幸せになる食べ物です。」となっていないところ。あくまで「唐揚げとは」
ちなみに、ちゃんとした定義のページもある。
唐揚げの定義|唐揚げとは|日本唐揚協会

でも、僕は前者のページの方が良いと思うのです。
たとえ、「食べると幸せになるからカレーも唐揚げなの?」なんて言ってくる無粋な輩が、世の中の大半を占めたとしても。
より強い愛が感じられるから。

全ての言葉は、それを愛している人が定義すればいい。
そうすれば、世界はもう一段階平和になるだろう。
真面目に読めば読むほど、笑えるのもポイント高いし。



タグ:新解釈
posted by MoThy at 17:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | カ行